7月13日は福島正則公の命日です
・・・ということで毎年7月13日に福島正則公の生誕地近くにある菩提寺 菊泉院(愛知県あま市)で法要が行われているので行ってまいりました
今年は13日が日曜日だということで一年前からこの日を心待ちにしていました(菊泉院自体は今までに2回行っています)
しかし行ってみるとなんかあきらかに正則公とは関係ない法事で忙しそうだし正則公の法要の看板的なのも無い・・・
もしかしてもう終わっちゃのかな・・・?
でも確かに13日の朝10時のはずなのに・・・
と境内でしょぼくれていると住職さんが出てこられたので尋ねてみると驚愕の事実が発覚!!!
法要、去年くらいから5月の初旬に変更になってた
聞いてないよそんなの!!!!
なんでも顕彰会の方達がご年配の方が多く夏は暑くてしんどいので涼しい五月に変更になったとの事です
かなりがっかりしていたらせっかく来ていただいたからと法事で忙しそうなのにわざわざ本堂に入れてくださり
正則公の位牌に線香をあげさせてくださいました!!
位牌の横には正則公が戦場に持参した護持仏、木造毘沙門天立像もありました
正則公の位牌に線香をあげられる日がくるなんて・・・!!
さらに法事の真っ最中で忙しいのに法要の時にだけ公開される正則公の甲冑姿の肖像画も見せていただけるというのです!!
ご住職の奥様が肖像画を取ってきてくださる間、お茶まで出してくださって待っていると・・・
お茶を出していただいた机の上に広げて見せてくださいました
こんなに貴重な物を至近距離で見られるとは・・・!!
でももしかしたらお茶が肖像画の上にこぼれるんじゃないかと思ってかなり緊張しました
菊泉院に伝わる肖像画は正則公の没後80年くらい後に描かれたものですがそんなに昔に描かれたとは思えないほどきれいに残っててとても大事に保管されていたのだなあと思いました
肖像画の後ろに12歳の頃に大工を殺めて追われたなどの正則公の生涯的な文が貼ってありましたが痛みが激しいため肖像画と分離し表装しなおしたそうです
それと正則公が改易になった時家臣に女房衆の処遇について細かく指示している書状も見せていただきました
目に焼き付けておこうとまじまじと見ていると奥様が
「写真は撮られないんですか?」
と
写真は撮れないものだと思っていたしもともと撮る気なかったんですがそう言われたのでありがたく撮らせていただきました!
肖像画と裏書、正則公の書状をわざわざ一枚一枚壁に掛けてくださいました
肖像画は全体図とアップにした写真を撮ろうとしたのですが何回撮ってもぶれるのです
まあこれは正則公が
「あんまり調子に乗んな」
と言っておられるんだなと思って途中で諦めました
この時の写真は載せませんが肖像画自体はこういう絵です
美和町歴史民族資料館でこの肖像画を使ったクリアファイルが売られてますよ
でもやはり実際に見るのがいいと思うので五月初旬の正則公の法要に時間がある方は行ってみてはいかがでしょうか
ガラス越しではなく間近で見られる機会はそう無いと思いますよ!
そして正則公を偲んでください
菊泉院のご住職と奥様、法事で忙しいのに温かく迎え入れてくださり本当にありがとうございました
感謝してもしきれません!!
正則公のお墓にもお参りして菊泉院を後にしました
甚目寺は仏教伝来の六十年後から始まる、法隆寺や四天王寺に次ぐ日本有数の古刹です
正則公は子供の頃ここで読み書きを学んだそうです
この南大門に仁王像があるのですが
これは清洲城主時代に正則公が寄進したものです
実はこの仁王像、ずっと鎌倉時代の作だと思われていたのですが2008年に始まった解体修理で像の中から正則公の奉納を示す墨書が見つかったのです!!
大発見ですよね!!
・・・鎌倉時代の作じゃなかったのは残念でしたが
そして次はこれまたあま市にある妙勝寺へ
ここには正則公が清洲城の長家一棟を寄進したといわれる豪壮な庫裡があるそうなんですがどれかわからず・・・
ネットで探したらなんかこれっぽいらしいのですが・・・
どう見てもトタン(?)なんですが・・・
詳細をお知りの方一報を(ほんとにこれなのか・・・?)
以前に菊泉院に行った時の記事はこちら
http://romance705.hatenablog.com/entry/2013/10/26/113650
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